祖父の土地が他人名義!相続人協力拒否・行方不明の解決策とやらない選択肢

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祖父が買ったはずの土地が他人名義?相続人が協力してくれない時の解決策と「やらない」という選択肢

こんにちは、司法書士の小谷龍司です。

相続登記の義務化が始まり、慌てて実家の土地の登記簿を確認してみたら、「亡くなった祖父が買ったはずの土地が、全然知らない人の名義のままだった」という相談がありました。

今回は、高知県宿毛市山奈町芳奈(仮の地名)の土地についてご相談いただいた、竹田さん(仮名)の事例をご紹介します。
長年放置された登記の問題は、時間が経てば経つほど、驚くほど複雑化します。今回は、「相手方が協力してくれない」「相手が行方不明」といった困難なケースにおいて、どのような法的手段があるのか、そして司法書士としてどのような「現実的な提案」をしたのかを詳しく解説します。

※本記事は、実際にあった相談事例を基に、個人や地域が特定できないよう編集・再構成したものです。

1. 原因の整理:なぜ名義変更ができないのか?

今回の相談者、竹田さんのお母様が相続した実家(高知県宿毛市)の土地。固定資産税は長年竹田さんのご家族が支払っていましたが、登記簿を調べてみると、名義は「竹田さんのお祖父様に土地を売った売主(故人)の、さらにその祖父母」のままになっていました。

登記が止まっている「本当の怖さ」

不動産の売買は、当事者の意思表示(契約)のみで効力を生じますが(民法176条)、登記をしなければ第三者に権利を主張することができません(民法177条)。

民法第176条(物権の設定及び移転)
物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。

民法第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

通常、売買による名義変更(所有権移転登記)は、売主と買主が「共同して」申請しなければなりません(不動産登記法60条)。

しかし、今回のように名義人が何代も前の故人である場合、以下の2つの巨大な壁が立ちはだかります。

  1. ねずみ算式に増える相続人
    登記名義人が「売主の祖父母」ということは、その子供、孫、ひ孫……と、数次相続(相続が連続して起こること)が発生しています。法的にハンコや印鑑証明書をもらわなければならない相手(相続人)が、数十人、場合によっては100人近くに膨れ上がっている可能性があります。
  2. 相手方の協力拒否と行方不明
    竹田さんのお母様が生前、売主の娘さんに接触を試みましたが、「関わりたくない」「勝手に書類にサインするなと親族に言われている」と協力を拒絶され、その後は雨戸を閉ざして連絡が取れなくなってしまいました。

この状態では、通常の話し合いでハンコを集めることは事実上不可能です。

2. 今回の結論(最終的にこうなった)

法的な解決策はあるものの、今回は「費用対効果を考え、あえて登記をせずに使い続ける」という選択肢も含めてご提案しました。

祖父の土地が他人名義!相続人協力拒否・行方不明の解決策とやらない選択肢

提案した解決策の概要

私が竹田さんに提示した選択肢は以下の通りです。

  1. 徹底的にやるなら「裁判」
    相手が協力しない以上、「時効取得」を理由とした訴訟を起こし、判決をもって単独で登記する方法です。ただし、これには弁護士費用や多額の実費がかかります。
  2. 現実的な選択「現状維持」
    土地の評価額が低く、売却予定もないのであれば、数十万円以上の費用をかけてまで名義を変える経済的メリットが薄いため、そのまま固定資産税を払い続けて使用収益を行う(使い続ける)という判断です。

結果として、竹田さんは御兄妹と相談して、無理に費用をかけず、まずは地元の司法書士や弁護士に相談しつつ、現状維持も視野に入れて検討されることになりました。

3. 解決への道筋と法的解説

ここからは、もしこの困難な状況を法的に解決しようとした場合、どのようなロジックと手順が必要になるのか、専門家の視点で解説します。

手段A:最強の切り札「取得時効」

契約書が紛失していたり、相手が「売った覚えはない」と言ってきた場合に有効なのが、取得時効(しゅとくじこう)という制度です。

取得時効とは
他人の物であっても、所有の意思を持って、平穏かつ公然と一定期間(通常20年、善意無過失なら10年)占有し続ければ、その権利を取得できる制度です(民法162条)。

民法第162条(所有権の取得時効)
二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

竹田さんのご家族は、お祖父様の代から長年その土地を庭先として利用し、固定資産税を払い続けてきました。占有は相続によって引き継がれるため(民法187条)、この期間を合算して「時効によりこの土地は私のものになった」と主張することができます。

手段B:判決による単独申請

相手方が協力してくれない場合、最終的には裁判所の力を借ります。
裁判で「この土地は時効により竹田さんのものになった」という勝訴判決を得ることができれば、相手のハンコ(承諾)なしに、単独で登記所へ名義変更の申請をすることができます(不動産登記法63条1項)。

相手が行方不明や音信不通であっても、「公示送達」(裁判所の掲示板に呼出状を貼ることで、相手に届いたことにする手続き)を利用すれば、裁判を進めることが可能です(民事訴訟法110条)。

具体的な実務のステップ

実際に私がご依頼を受けた場合、以下のように進めます。

  1. 相続人調査(戸籍の収集)
    まず、登記簿上の名義人から出生・婚姻・死亡の記載がある戸籍謄本をすべて取り寄せ、現在の法定相続人を確定させます。ここで「相手方」の人数と住所が判明します。
  2. 通知書の送付
    判明した相続人に対し、お手紙を送ります。「時効が完成しているので協力してください」とお願いし、任意に応じてくれる人がいれば、ハンコ代(協力金)を支払って解決することもあります。
  3. 訴訟提起
    無視されたり、拒否されたりした場合は、管轄の裁判所に訴訟を起こします。

専門家からの「待った」:費用倒れのリスク

法的には解決可能ですが、実務家として私はここで一度立ち止まるようアドバイスします。それは「費用倒れ(コストパフォーマンス)」の問題です。

裁判や詳細な相続人調査には、以下のような多額の費用がかかります。

  • 調査費用(実費): 相続人が数十人に及ぶ場合、戸籍謄本等の取得費用だけで数万円から十数万円の実費がかかることがあります。
  • 訴訟費用: 弁護士に依頼する場合、着手金と報酬金で一般的に最低でも30万円〜50万円以上、事案の複雑さによってはそれ以上の費用がかかります。
  • 司法書士報酬: 相続人調査や訴訟支援(書類作成)だけでも、数十万円程度の報酬が発生します。

例えば、その土地の固定資産税評価額が10万円程度であった場合、どうでしょうか。
田舎の土地や面積が狭い土地であれば、評価額が数百円から1万円であることも珍しくありません。
自分のものにするための手続きに50万円以上かけることは、経済的に合理的とは言えません。

土地の価値以上に費用がかかるのであれば、無理に登記をせず、これまで通り平穏に使用し続けることも、立派な「法的判断」の一つです。
登記がなくても、長年自分のものとして利用している事実は、法律上、正当な権利があるものとして守られます(民法188条)。

民法第188条(占有物について行使する権利の適法の推定)
占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

とはいえ、ご家族の思いとしては「先祖代々守ってきた土地が他人名義のまま置いておくのはいやだ」というお気持ちもあることでしょう。法律的な合理性と、感情的な納得感の間で揺れ動くのは当然のことですし、そこが非常に難しいところでもあります。

4. 最後に(今回の事例から学ぶこと)

「昔の土地の名義が変えられない」という問題は、放置すればするほど解決が難しくなります。
しかし、必ずしも「お金をかけてでも登記しなければならない」わけではありません。土地の価値、利用状況、そして費用のバランスを見て、ベストな選択をすることが大切です。

当事務所では、手続きの代行だけでなく、「そもそも手続きをすべきか」という点からも親身にご相談に乗っております。お困りの方は、ぜひ一度お問い合わせください。

相続した土地が他人名義?協力してくれない時の対応と登記しない判断基準

Q&A:よくあるご質問

最後に、相続登記や土地のトラブルに関してよくいただく質問にお答えします。

Q1. 相続人が協力しない場合、どうしたらよいですか?
A. 任意の交渉で解決しない場合、家庭裁判所の遺産分割調停を利用するか、時効取得などを理由とした訴訟(裁判)を行う必要があります。相手が行方不明の場合は、不在者財産管理人の選任や公示送達を利用します。
Q2. 相続登記で揉めている場合どうすればいいですか?
A. 当事者同士の話し合いが難しい場合、第三者である弁護士等の専門家を代理人として交渉するか、家庭裁判所に調停を申し立てて、調停委員を交えて話し合うことをお勧めします。
Q3. 相続手続きに応じない場合はどうすればいいですか?
A. 遺産分割協議に応じない場合、法定相続分での登記を強行することも可能ですが、根本解決にはなりません。解決には、調停や審判(裁判所の決定)の手続きへ移行することになります。
Q4. 遺産相続で揉める割合は?
A. 裁判所の司法統計によると、遺産分割事件のうち、遺産額が1,000万円以下のケースが約3割、5,000万円以下を含めると約7〜8割を占めます。資産家だけでなく、一般的なご家庭でも揉めるケースが非常に多いのが現実です。
Q5. このまま登記をしないと罰金を取られますか?
A. 2024年(令和6年)4月1日から相続登記の申請が義務化され、正当な理由なく申請を怠ると**10万円以下の過料**(罰金のようなもの)の対象となります(不動産登記法164条)。ただし、本件のような「他人名義の土地」を時効取得したケースについては、通常の「親から子への相続」とは異なり、直ちに義務違反とはならない場合が多いです。個別の事情によりますので、放置するリスクも含めて専門家にご相談ください。